ムスッコ成長レポートとママ雑記

好きなことを好きに書くところ

20年間悩んでいた父との関係を父の日が解決してくれた話

 私の父

私が父に対して思っていたイメージは、どうしようもなくズボラで、どうしようもなく暴力的で、人に厳しく自分に甘い、亭主関白の概念だけで肉体も精神も構成されているんじゃないかと思うくらい王様だった。それでも母が父を愛した理由は、大人になった今ならわかる。父は父親としても、子供と向き合う大人としても落第点だったけど、母や女として見たら魅力的な人だったのかもしれない。

 

 

私にも子供ができ、今年1年振り返って本当に色んなことがあったなと思う。人の親になるということの喜びも、苦しみも、断捨離も、色々してきた。そんな中で、「父の日」というワードを目にして思ったのは、この先きっと「父の日」で実父を思い出すことはもうないんだろうな、ということだった。これからは主人が父の日の主役で、子供にとっても、私にとってもそれが一番いいと思う。だけどこのままでいいのだろうかとも思うので、一度しっかり考えてみたい。

 

息子ができて気づくこと

もし息子に父がどんな人か聞かれた時に、私はなんて答えるんだろうか。「あなたのお爺さんはとんでもないクズだったのよ」なんて口が裂けても言えない。どうしようか…、そんなことを漠然と心に問いてみたら、「父親はクズだった」と思い込んでる自分がいることに気づいてしまった。はたして本当にクズだったんだろうか?人間良いところよりも悪いところの方が見つけやすい。批判コメントばかり好んで、肯定コメントに対して、どこか理解しにくいと感じていたり、批判コメントに慣れ親しんでしまっていて、肯定すること自体を恥ずかしく思うときもたまにある。ネットの情報を素直に信じ込みすぎてしまって、盲信している気分になる。両手を広げてスリの集団の中を歩いてるような気分になる。どうぞ、痛めつけてください、お金取っていいですよと自ら差し出しているような、そんな感覚。

私が父に対してあいつはクズだと頭のなかで思い出す度に、そういったメタ的な何かが働いて、自分の父親であるにも関わらず、父を認めないことが正義だと思いこんで、あいつはクズだと言うことで、ある種の安心のようなものを得ていたのかもしれない。私の日本語は度々おかしくなるのできちんと伝われば嬉しいけど。

 

父は何が好きだっただろうか。煙草、料理、ロック…パチンコ、釣り、あぁ、私は釣りが趣味だけど、父も釣りが好きだったな。弟と一緒に釣りするために自転車で大きな川まで行ったのはいい思い出として頭に残っているけど、父と一緒に釣りをしたのはいつだっただろうか。ああ、そうだ小学生だった。まだあの頃の父は普通の、ごく一般的なとても良い父だった。そうかやはり思い出さないようにしていたのはクズな父親のことではなくて、良かったときの父親だったんだな。きっとそういうものに気づきたくなかったんだ。 

だけどもう、そうも言ってられない。私は息子と向き合わなくてはならない。これから先、少なくともこの子が旅立つその時まではしっかりと親としていなくてはならない。旅立った後はいいってことじゃないけど、一つの目標としては今掲げられるのはそこら辺だ。だからどうせならこの垂れ流しをしている間に、父の好きだったところを考えてみようと思う。そうすることでまた一つ違った意識を持てる気がする。

 

父が好んでいたもの

父はお酒はあまり好きではなかったようだが、ビールはたまに飲んでいるのを見た。母親が大のお酒好きなので、それに合わせて晩酌で飲んでる程度だ。煙草はもうずっと吸っていた。セブンスター。よく近所の煙草屋に買いに行かされたっけ。そんでお釣りを父に渡すと、ぶっきらぼうに目を逸したまま「それはやるからとっとけ」と言う。今考えたらあれは照れていたんだろう。もしくは父の中の「父親像」がそうさせたものかもしれない。そういった意味で父の子供とのコミュニケーション能力は皆無だ。私はあの時も、あの時も、思い出す顔はぶっきらぼうで、高圧的で、ただただ恵んでもらってる感覚しかなかった。今なら「お父さん照れてるの?」と言えるかもしれない。まぁその前に小遣いなんて貰わんな。

 

それから料理は特に好きだった。仕事柄というのもあるが、他人にも自分にも厳しく、ストイックな姿勢を崩さなかったのは料理だけだ。まな板に向かっている時が一番考え事が纏まると言っていた。これも今ならわかる。父の料理は正直大人向けで、子供が苦手そうな味ばっかりだった。たまに美味しいなと思って「これすごく美味しい」というと大抵買ってきた惣菜だったりする。そんでよく怒られていたな。あの頃の私は父はただただ自慢したかっただけのように思っていた。だけどきっと違う。あれは私たちに美味しいものを食べさせてやろうという気持ちそのままだった。人のために料理をするようになった今、料理をしている時間をいかに短縮しようかということばかり考える。それは自分がやりたいことが沢山あるからだ。父だってあっただろう。無趣味な人ではなかったし。それでもその時間を使って、仕事で嫌というほど料理をしている人間が、たまの休みに、自分の時間を削って子供達に作る料理が「自慢したいため」なはずはないと思いたい。それでも父としてのプライドではなく、料理人としてのプライドなのか、こちらが美味いと言わなかったものは二度と作ることはなかった。ただ、子供相手に分葱とウドのぬた(カラシ酢味噌和え)とかは流石にハードル高いって。今の年齢になってようやく食べたいと思うようになったよ。

 

タバコやパチスロやロックなんかは、子供には理解できない趣向すぎて、流石にね。なんとも言えない。今ですらなんとも言えない。ロックはわかる。私も好きになったよ。釣りは、さっきまですっかり忘れていたけど、私が人生で一番最初にしたのは父が連れて行ってくれた釣り堀で、ヤマメかイワナかなんかを釣ってその場で調理してくれるところだった気がする。自分で釣った魚、釣りたての魚の美味しさを初めて知った。そこから私も弟も釣りにハマっていったんだ。だけど父と釣りに行ったのはその一回きりだったなぁ。今更思い出して、ああもっと行っておけばよかったねと思える。こんなところで後悔するとは思いもよらなかった。

 

父の好きだったところ

こうして色々と思い返してみると、ぶっきらぼうだけど、しっかりと私達を楽しませようとしたり、思い出を作ろうとしてくれていたり、お小遣いをあげようとしてくれていたり、子供に対しての愛情が無かったわけじゃないんだな。

 

もっとよくよく思い出してみたらどうだろうか。私は父のことを一時期崇拝していた。それは父が持っている「父親像」が完全に亭主関白で、星一徹みたいな頑固親父を地で行っていたからというのもあるし、単純に父=恐ろしい人というイメージがあったからかもしれない。ただ、自分の心の中ではかなり悔しい思いをしたり、「どうすればこちらに気づかれずに過ごすことができるか」というようなことを考えながら過ごしていたので、独裁政権だったのは間違いない。崇拝しているように見せてその実、糞親父が!と心の中で悪態をついていたこともあった。だけど、その分、優しかったことだってあったのだ。

 

私が小さな怪我をしたり、私が何かを悔しがったり泣いていた時に、しっかりとこちらの目を見て、何があったのか、どうしたいのかということを聞いてくれていた。その度に私は泣いて、ただ痛い、辛いと気持ちを吐き出すことしかしなかったので、父としてはやきもきしたかもしれない。そう、しっかり優しいところはあったのだ。ただ、意思疎通が図れていなかったし、私の中で勝手に父は「子供が好きじゃない」と思い込んでいたのだろう。そういう正面からぶつかってくることが子供時代の私には当たり前のことすぎて、それがとても素晴らしいことだということに今の今まで気づかなかった。きっとブログをやっていなかったら、来年の父の日もきっと実父のことを思い出すことは無かっただろう。それどころかおそらく一生恨み節だったかもしれない。

 

心が変化していく時とAHA体験は似ている

そう、今まで私は父にされてきたことを恨んでいたんだ。まぁ、恨まないほうがおかしいんだが、内容についてはちょっと色々ありすぎるので言えないけど、そうでなくても悪い部分しか見ないようにしていたんだろうと思う。それはもちろん父を恨むためであって、そうしていないと「怒りを継続できない」ということをどこかでわかっていたからなのかもしれない。乗り越えたつもりではいたし、笑い話にしていたけれど、乗り越えたのは私が辛いと思っていた部分であって、父への怒りや恨みが消えたわけじゃなかった。だけど今日こうして色々なことを思い返して、自分がきちんと子供として愛されていたことを気づけたのは、自分の中で大きな変化になる気がする。

 

父は私が10代の頃に亡くなっているので確認しようがないけれど、今日までずっと恨み節を続けてきたのは今日のためだったんだろう。子供ができて、その時にならないと気づけないというか、気づいても実感できないことがある。もう自分の歳が、父の享年が見える位置まできている。自分も歳を取ったなと思う。どうりで目が霞むわけだよ。これからは、父に関する恨み節だけじゃなくて、良かった思い出を思い出していける気がする。罪を憎んで人を憎まずと言うけれど、そう言われた次の日から実際にそれができるかと聞かれたら、ムリだった、ただそれだけのこと。大人になった自分が当時の父の心情を考えるというのは、きっと誰にでも来ることだろうと思うし、それが特別なことではないだろう。それでも今回こうして父のことに触れたのは、自分の中ですごい収穫になった。

 

この記事は昨日の晩に、スマホから書いていた下書きを開いて書きはじめたのだが、下書きしていた内容はやっぱり恨み節だったのに、仕上げてみたらどうだろうか、もう父と酒を酌み交わしたかったとすら思い始めている。いい機会になった。もう父はいないけど親孝行している気分だ。自己満足だけど。

 

明日は父の日だから、仕事で遅い主人のことを、ご馳走たくさん作って息子と二人で待とう。

 

2017/6/18追記 タイトルがちょっと怖いと言われたのでタイトル変えました。

コメントありがとうございます 全部読んでます!